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妻の死は悲しむに足らず

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みなさん、こんにちは。
みやじいです。

 

サラリーマンの挫折を救ってくれた「荘子人間学

私はサラリーマン時代の52歳のとき、挫折を味わった。
ある組織のグループ長で部下20人を管理する次長職だったが、ある日私の職場に役員が現れ、
「現場へ戻ってくれ、まあ適材適所というやつだ」
と、事実上の降格人事だった。

突然の宣告に目の前が真っ暗になり、その日の帰りの電車は途中下車し、どこかの駅のベンチで長い間首をうなだれて、座ったままの状態だった。

まあ、サラリーマンならどこにでもある日常的な話だが、当の本人にとっては一大事だ。
数日悩みに悩んだある日、本棚にあったこの本を何気なく手に取ってみた。

 

荘子人間学守屋洋

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この本が私の悩みを解決してくれ、心を癒してくれた。


荘子の思想とは

老荘思想(ろうそうしそう)は、中国で生まれた思想。道家の大家である老子荘子を合わせてこう呼ぶ。道家の中心思想としてとりわけ魏晋南北朝時代に取りあげられた。
老荘思想が最上の物とするのは「道」である。道は天と同義で使われる場合もあり、また天よりも上位にある物として使われる場合もある。「道」には様々な解釈があり、道家の名は「道」に基づく。

引用:Wikipedia

 

著者はこう説く


荘子」によれば、「道」という存在から人間社会を眺めると、その営みはすべて小さい。勝った負けたと争っていても、成功したといって喜び失敗したといって悲しんでいても、「道」の立場から眺めると、いかほどの違いもない。だから小さなことにはこだわらないで、もっとのびやかに生きていこうではないかというのである。一言でいえば、「荘子」の説いているのは、超越の思想であり、達観の勧めである。

 

同じ中国の思想でも、孔子の考えは仁や徳といったどちらかというと道徳的な話が多いのだが、
この荘子の哲学というのは、
「自然の流れに従って生きようね」とか
「地球を遠くから眺めてごらんよ、人間の存在や悩みなんて小さい、小さい」とか
「目先の損得にこだわったらいかんよ、長いスパンで帳尻が合ってればいいじゃん」とか

根本のところにあるのは、「あんまり真面目に生きても疲れるだけだよ、もう少し肩の力を抜いて生きようよ」ということなのである。

 

妻の死は悲しむに足らず

この本の中で、荘子が説く代表的な話を一つご紹介しよう。


荘子の妻が死んだ。友人が弔いに行くと荘子は足を投げ出し盆を叩いて唄っていた。
友人はそれを見て、
「一緒に暮らして子を育て、ともに老いを迎えたのだろう。死んでも泣かないのはまだわかる。盆を叩いて唄っているとはひどすぎやしないかね」
荘子は答えた。
「いやいや死なれた当初は私だって悲しかったよ。
だがな、そもそもの始まりを考えると生命などと言うのはもともとなかったのだ。
生命ばかりではない、形もなかった。いや形どころか気もなかったのだ。おぼろげにまじりあった中から気が変じて形となり、形が変じて生命となったのだ。それが今、死に変わるだけのこと。
四季の変化と同じようなものだよ。妻が、天地と言う大きな部屋の中で、安らかに眠ろうとしているのに、声をはり上げて泣くのは、天命にもとることではないか。だから泣くのをやめたのだ」

 

ここまで、家族の死を自分のなかに受け入れることは、なかなかできることではない。
しかし、この話を読むと、ものごとにこだわりすぎないで心を静かにして、辛いことや悲しいことでも
何となく達観できるようになれる気がするから不思議だ。
自分の周りに起こるすべてのことが、自分の心のなかの気持ちの持ちようだということがこの話を読んで、すとんと腹に落ちる。

 

荘子人間学」を読んで行動したこと

1. 組織の中での評価や人事にいちいち心を惑わされるのはやめようと心に誓った
2. 会社に雇われることの窮屈さを払拭するため、自分で仕事をつくることを模索し始めた
3. 世の中の常識を疑い、自分の頭で考える思考を意識するようになった

 

まとめ

仕事や生きる上で人は悩み、どうしようもない迷路に迷い込んでしまうこともある。
そういうときこそ、哲学や思想の古典を読み学ぶことで、自分の心の中にとらわれているどんよりしたものが、霧が晴れるように少しずつ溶けていく。
本を読むことで一歩ずつ前に進めるように、これからも読書を続けていきたい。