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義父が施設に入る日

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みなさん、こんにちは。

みやじいです。

 

私のカミさんのお父さん、つまり義理の父は91歳の高齢だ。

高齢にもかかわらず、最近までテニスやバードゴルフ(バトミントンの羽根

をつけたゴルフボールをゴルフクラブで網の中に入れ打数を競うゲーム)を

したりしていた。

自分で皿を洗い、洗濯ものを干し、毎日のように散歩に出かけ、とても元気

に生活していた。

 

 

1階が義父(お義母さんはすでに亡くなている)、2階が我々娘家族が

住んでいる。

私と娘が平日、早く帰宅するときは4人で揃って1階で食事する。休日もそうだ。

義父は会話が好きで、食事のときもよく昔話をしている。

 

私は数年前に両親を亡くしているので、実の父親のような存在で義父のことを

身近に感じ、接している。

 

ある朝、私が出勤したあと、義父が階段下からまだ寝ていたカミさんを呼び、

「手足がしびれ、まともに歩けない」と訴えていたという。

カミさんは救急車を呼び、脳外科がある救急病院に義父を搬送した。そのことを

私は昼ごろ、カミさんからのラインで知った。

 

命には別状がないが、脳の病気からくる手足のしびれで、起き上がったりの日常

の生活ができないという。少し時間をおいて、リハビリ専門の病院に転院する

ことになるだろうとのこと。

 

高齢なので、リハビリをしても元の日常生活に戻れるかどうかは、分からない

とお医者さんは言っているようだ。

 

カミさんが見舞いに行くと、お義父さんは

「もうテニスはできないかなあ」

「バードゴルフもできないかなあ」

と寂しそうにつぶやいているという。

 

最初、お義父さんは自宅に戻りたいと言っていたが、カミさんが働いているため

自宅での介護が難しいと判断し、施設に入ってもらいたいということを説得した。

お義父さんはその申し出を受け入れたらしい。

 

もう一緒に食事ができなくなるのは、寂しい。

 

いつかは、自分も年老いたら施設に入るのかと思うと、言いようもない切なさ

がこみ上げてくる。

あれだけ元気で健康だった義父でさえ、老いには勝てなかった。

そう考えると、健康なうちに、立って歩けるうちに、いろいろなことに挑戦し、

人生を楽しまないと寝たきりになってからでは悔いが残る。

 

だから、死ぬ間際になって、

「ああ、楽しい人生だった」

と言えるように、毎日を生き抜きたいと思う。